「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
三人の空気は暗くて重い。
葉佩はきちんと椅子に座わり、膝に両手をついてがっくり。
皆守は背もたれに体重を預け視線は窓の外。だが、多分何も見ちゃいない。
雛川はそんな二人を見ているが、いつものように笑っちゃいなかった。
誰にとっても最悪の昼休みである。
「・・・・・・・先生、とっても悲しいわ」
永遠に続くかと思われた沈黙は、雛川の沈んだ声によって破られた。
大きな声ではないのに、周りの雑音に掻き消されることなく二人に届く。
「・・・・・・す、すいませんでした」
「・・・・・・・・・」
床を見つめたまま謝る葉佩と、全く反省の色が見えない皆守。場の空気はまた少し冷たくなった。
「・・・・・・・悪かった」
それでようやく口を開いたと思えば、どうやら大根役者1と呼ばれたいらしい。台詞は棒読み、雛川の方を向きもしない。
「・・・・・・・・・」
雛川の眉がほんの少しだけ動いた。
それを見てしまった葉佩の顔色がどんどん青くなる。
「皆守君、葉佩君」
来た。
雛川の続く言葉に身構えて、身体を硬くする葉佩。
どうしても避けきれない衝撃がくる場合、人はそれに耐えるしかないのだ。
爽やかな笑顔を張り付かせた雛川は宣言した。
「一週間、二人で日直・教室の掃除当番・・・・できるわね?」
出来ないとは言わせない・・・・無言で語る辺り、可憐な女教師であってもやはり教師は教師だった。
「・・・・・・はい」
「・・・・・・・・」
「おい、俺ばっかり動いてる気がしてならないんだけど?」
「気のせいだ」
塵取を持った手を皆守に向ける。その先には、箒に体重を預けた皆守がいた。座っていても立っていても、何かに寄りかからないと生きていけないらしい。
傘を持っているときに風が吹いたら、きっと飛んでいくに違いない。
いや、飛びはしないだろうが地面に引きずられた跡を残して消えるくらいはするのかもしれない・・・・葉佩は皆守に石をプレゼントしようと思った。
ポケットに手を突っ込み、石を握った手を皆守に差し出す。
「何だ?」
「お前に必要なものだと思う」
真剣な目をした葉佩に、皆守は考えて言った。
「・・・・・・・・・・・・・・おい、今朝のパターンと一緒じゃないか?」
「おお、それも持ってる・・・・え〜と」
「待て待て待て、お前の頭は鶏よりマシな程度なのか?」
学生服のポケットに手を突っ込んでごそごぞやり始めた葉佩に、皆守は皮肉を言わずにはいられない。
そもそも、中身を探らなければならないほど物が入っているのはどうかと思う。
出会った次の日にはすでにそうだった。八千穂は四次元ポケットだと面白がっていたが、石ころが入っているところから出てきた物なんか欲しくない。
欲しくないものを寄越すのは迷惑だ。
「あ、あった」
葉佩の掴んでいるものは、手のひらサイズの目覚まし時計だ。
丸い時計に金属の半円が耳のように付いていている、典型的な目覚まし時計。
今朝、皆守はそれを押し付けられそうになった。
最初はそれでもやんわり断ったのだ。
友達でもないヤツからそんなものを貰う謂れは無いと、彼にしては言葉を尽くして断った。
それでも顔は仏頂面だったので、相手の気持ちを挫くには十分だったと思う。
しかし、人の気持ちを無視するのは向こうも得意技だったようだ。
じゃあ今から友達になればいい。はい、これどーぞ・・・・・そこから先は、要る要らないの押し問答。
見物人の生徒も含め、この日は遅刻者が多かった。
そこで昼休みの呼び出しとなったのだ。
転校三日目と遅刻の常習犯では、注意と罰で意味が違う。だが、遅刻の原因を考えた結果、担任の女教師は共同作業を行わせたのである。
”協調性”を育めなどと、なかなか高いハードルを要求している。
現に、教室の掃除は殆ど葉佩の手によって片付けられた。
「何度も言わすな。いらん」
「欲しいか欲しくないかは、要るか要らないかとは別だと思うよ・・・・と言うか、皆守君しか頼れる人がいないので俺が困る」
「八千穂を頼れ」
目の前の転校生が、自分の分類をとんでもないものにしようとしていると感じた皆守は即答した。
テリトリーに入れないほど警戒されてはやりにくいが、頼りにされるほど懐かれるのも・・・・やりにくい。
「八千穂さんは女の子だから、寮で解らないことがあってもどうしようもないじゃないか。俺の<夜遊び>を知っている人のほうが、何かと気が楽だしね。とり
あえず慣れるまで。どーかお願いします」
「・・・・・・・・・」
合わせた手の中に時計を包んで、葉佩は皆守を拝む。
引く気の無い様子を見て、自分が気をつけていればいいと皆守はため息をついて妥協した。