「ダーリンッ!!」
購買に向かう者、机を寄せ合う者、マミーズに行く者・・・つま
り、教室全員の動きと口が見事に止まった。全体朝礼の私語を禁
止したければ、この人物を壇上に立たせればいいと思う。その後
の進行が可能かどうかは別問題として、教師の怒号よりよっぽど
効果的だろう。
見たくないのに見てしまう、そんな吸引力を持った朱堂茂美が教
室の出入口に立っていた。
クラス表示は3−C。
「俺ここだよ。シゲミちゃ・・・」
「呼ぶな」
「んがッ!」
答えて手を振るのは、座った椅子の後ろ足だけでバランスを取っ
て遊んでいた葉佩。皆守に突かれて倒れそうになるのを、机を掴
んで慌てて回避している。
「あっぶね・・・・酷いよ、皆守」
「一回くらい頭を打ってみろ。普通は馬鹿になるが、お前は賢く
なれるぜ」
「甲太郎ちゃんったら、お茶目さんね」
近づいてきた朱堂は、ちゃっかり手近な机を二人の昼食が広げら
れている机にくっつけた。そこに、持っていた可愛い巾着袋を乗
せる。
「・・・・・・・・」
皆守はそれを無表情で見た。恐らく、中は弁当。
「可愛い袋だねぇ」
「ありがと。今日はお招きに預かっちゃったから、渾身の力作よ
ん」
対照的に葉佩の顔は明るい。
「毎朝作ってくるの?」
「もっちろん。ファミレスや購買は高カロリーだし、バランスが
偏るでしょ?健康な食生活は美しさに繋がるの!美は一日してな
らず、毎日の努力が実を結ぶのよ!!」
「なるほど・・・・俺も身体が資本だし、ちょっと考えるかな?」
「何もしてないのにそんなにキレイな肌してるの!?シゲミ羨ま
しいわァ」
朱堂は葉佩の頬を指で撫でようとしたが、頬と指の間に薄い透明
な板が差し込まれた。
目で辿っていくと、カレーパンを咀嚼する皆守。
「下敷き・・・」
「持ってたのね・・・・」
朱堂と葉佩の変な関心の仕方に、ようやくカレーパンから視線を
動かした皆守は下敷きを持って立ち上がった。そして、教室の隅
にあるゴミ箱に下敷きを投下。
あまりな仕打ちに朱堂と葉佩が目を見開いているのを完全無視し、
一言呟いた。
「葉佩、新しい下敷き買え」
「・・・・おいッ!そう言えば貸したやつじゃん!!」
ゴミ箱を指差して睨む葉佩に、皆守はどうでもよさそうに訂正を
入れた。
「違う、押し付けたやつだ。まぁ、お前のいらん親切もたまには
役に立ったな」
「ちょっと!どういう意味よッ!!」
「情けは人のためならず」
人に親切をすると、いずれ自分に返ってくる。
皆守は、自分の行動を親切だと言いたいらしい。
それを悟った朱堂は、鼻息荒く机を叩いて立ち上がる。そして、
皆守を見下ろして言い放った。
「こんな侮辱を受けて、そのまま引き下がっちゃいられないわ!
勝負よッ!」
「パスだ」
「ぐはァッ!」
成り行きを見守っていたクラスメイト共々、朱堂は盛大にコケた。
「シゲミちゃん、大丈夫か?」
「あぁ・・・アタシはもうダメ。ダーリン・・・」
「いッ!・・うわっ!」
手を貸して立たせようとした葉佩は、掴まれた腕の痛さに顔を歪
めた。そのまま物凄い力で引っ張られ、朱堂の上にダイブするか
と思われた。
しかし、朱堂の顔が急接近したと思った途端に景色が教室の窓に
変わる。
「チッ!」
「やっぱ、一度くらい頭打っといた方がいいんじゃないか?」
「ぅげほッ!・・・・・・・喉、絞まる・・・・」
下からは舌打ち、背後からは呆れた声がするが、呼吸の困難な葉
佩はそれに反論するどころではない。
「いいところだったのに邪魔するなんて・・・甲太郎ちゃんてば
ヤボね」
「悪ふざけもいい加減にしろ」
「は、放し・・・」
「ふざけてなんかないわ。アタシは本気・・・本気と書いて”シ
ゲミ”と読むのよ」
「読むか!」
「・・・・・・・」
勇気あるクラスメイトが、ぐったりしている葉佩の状態を指摘す
るまで二人の口論は続いた。