夜半、カイルは目を覚ました。
凄まじい叫び声のせいだ。
慌てて部屋を飛び出し、声の出所を探る。
反響で聞き取りにくかったが、階上であることは間違いない。
そこで全力疾走を始めた。
太陽宮の階上には王族の人間の私室がある。
軽々しく持ち場を動けない衛士が、走り抜けるカイルに落ち着きの無い視線を寄越す。
「そこで待機!」
見習とはいえ女王騎士だ。いずれ命令できるのなら、今命令してもいいだろうとカイルは考えた。



「リオンっ!」
「ああああああああっ!!」
「くっ、凄い力・・・フェリド様、私一人じゃそんなに持ちませんよ!」
「もうじき医者がくる!」
「姫様が風邪引いてるのに、本当に来るんですかぁ!?」
「何事ですか!?」
「カイル殿!?・・・グッドタイミングです!こっち来て手伝って下さい!!片足押さえてっ!!」

叫び声はミアキスの部屋からで、彼女とフェリドはベッドに何かを押さえつけていた。近寄ったカイルが見たのは、叫び声を上げながら必
死に抵抗している女の子だった。
つい先日、フェリドが突然つれて帰った子供だ。詳しい事情は一切説明されず、ただ、子供が出て行くことを望むまで太陽宮に住まわせる

ことになったと女王から下知があった。
名前はリオンと言うらしい。
変な子供である。
女王の言葉を聞いた誰もがそう思い、結果、根拠の無い噂話がひそひそと飛び交った。
曰く、隠し子。
曰く、戦災孤児。
有りそうな話も有り得ない話も言いたい放題だった。
しかし、どれもが外れではないらしい。
目を見開いて暴れる子供は、此処ではない何処か思い出してこんなに暴れているのだ。叫び声は悲鳴。多分、こんなに怒鳴っている二人の
声など聞こえていないだろう。
こういう子供を見たことがあるカイルは、悪感情を抱くことなく速やかに協力した。
存分に暴れれば、糸が切れたように気を失う。しかし、その間は自分の体を省みずに暴れるので怪我をする可能性がとても高いのだ。
押さえつけ、舌を咬まない様に布を咬ませる。

「この子・・・」
「言えん」

カイルの疑問が切り捨てられた後は、リオンのくぐもった悲鳴しか
聞こえなくなった。
と、入口から小さな声がフェリドを呼ぶ。

「・・・・・・父上?」
「セレスト?・・・すまんな、お前の部屋まで聞こえたか?」

リオンの声で起きた王子が、寝ぼけ眼で様子を見に来たのだ。

「リオン、どこかいたいの?カゼ?」
「いや、怖い夢を見ているのだろう・・・あまり近づくな、危ない」

近づいてきた息子にフェリドは注意を促した。
押さえ込む三人の手が時折動くのだから、それは凄い力なのだろう。だが、戒めが外れる可能性は無さそうだったのでセレストは構わずリ
オンの顔を覗き込んだ。
そして、優しく頬を撫でリオンに囁いた。
自分が母にされたように。
妹が母にされているように。

「リオン、大丈夫だよ」

「ここにいるよ」

「怖くないよ」

ぽつぽつと、雨粒のようにセレストはリオンに囁き続けた。
実際には何時間と経っていないのだろうが、全員がそう感じるほどの時間をかけてリオンは大人しくなっていった。

「・・・・・・」
「おやすみ、リオン」

最後にセレストと目を合わせて、ようやく目を閉じた。
眠ったことを確認した三人は、強張った手をゆっくり離して息を吐いた。
ミアキスが口を塞いだ布を取り、まわりを綺麗に拭いてやる。

「ふぅ・・・・もう大丈夫ですねー」
「怪我も無いようですし。カイル殿が駆けつけてくれて助かりましたね」
「ああ、ご苦労だったな。ミアキス、カイル、それからお前もだ」

見事な銀髪を乱暴に掻き回されたセレストは、嬉しそうに手の平に頭を擦りつけた。
この翌日から、リオンはセレストの姿を探すようになった。



夜驚症ってのは本当にある子供特有の病気です。楽しい思い出でも起るらしいですが、怖い事を思い出しても起るのです。
でも本人は覚えてないんだって。夢遊病に発展することもあるそうな。
私なんか、子供時代は夜中にクロールの真似してたくらいでそんなん無縁でした。お母ちゃんニヤニヤしながら教えてくれたよ・・・・(恥)