「王子ー」
「あ・・・こんにちは」

カイルとセレストが出会ったのは、セレストが7歳の時だった。
何時も御機嫌な父が、更に御機嫌な様子でカイルの肩をばしばし叩いているのを見て、隣で妹を抱いて座っている母に止めたほうがいいのではないかと聞こうと したのを覚えている。
結局、母も微笑んでいたのでセレストは何も言わなかった。
その代わり、同じように微笑んだ。

若いのに剣の腕が立つこと。
今日から女王騎士見習として太陽宮で暮らすこと。
父曰く、なかなか”いい”性格をしていること。
レルカーに居たこと。

カイルが謁見の間を出て行くまでに解ったことはそれくらいだった。そして、それだけ知っていれば十分だとセレストは思っていた。
前から居る見習たちと言葉を交わす事は殆ど無かったので、カイルともそうなるだろうと自然に考えていたのだ。
通路の脇で女官たちが噂話に花を咲かせていても、自分には関係の無いこととセレストは右から左に聞き流した。
実際、まともに顔を合わせるのはセレストがガレオン相手に稽古に参加する時くらいだったので、他の人間と同じように顔は解るが名前は怪しい存在になってし まった。
それでも全く困らないのが、太陽宮でのセレストの立場だったのだ。
だから、何気なくカイルが声をかけたとき、セレストはかなり困った。

名前が解らない・・・・・。

ぼうっとした物覚えの悪い子として扱うのが王子と接する時の暗黙の了解となっている太陽宮では、声をかけるときには必ず皆が名乗る。
だが、寝起きするようになって日の浅いカイルはそれを誰にも教えてもらっていないらしい。

「こんにちはー。今日も本を読みに図書館ですか?」

人好きのする笑顔でセレストに近づいてくるが、名乗ってはくれなかった。

「・・・・はい」

緊張しながらも、セレストは何時も通りに見えるように注意した。
仕えてくれる者の名前は覚えておきなさいと父母に常々言われているのに、覚えていないなどと発覚したら一大事である。
両親はがっかりするだろうし、何より、目の前の人物は不快に思うだろう。
自分と長く話をしようとする人はいないから、少しの間気をつけていればいい・・・・その間に、名前を思い出せれば問題無し。
そう思って、セレストは次の言葉を待った。

「王子、まだ7歳ですよね?そんなに小さいのに難しい本をたくさん読んでるってガレオン殿に聞きましたよ。いやぁ、凄いですね。オレには真似できないや。 今日はどんな本を?」
「あ、えと、太陽の紋章のことを知りたくて・・・」
「あぁ・・・なるほど」

カイルは納得したように頷いた。
そして、しばらく考えた後に指をぱちりと鳴らしてセレストに手を伸ばした。

「オレも協力します」
「え?」

目の前にある手を辿ってカイルの顔まで視線を動かせば、自分のアイデアが気に入ったらしい笑顔があった。

「高いところとか、手が届かない場所に本があるかもしれませんしー。読めない字があったら教えます。さ、行きましょう」
「でも、あの・・・・稽古があるんじゃ」
「しっ!」

名前を思い出せず、結局疑問だけしか言えなかったセレストだが、鋭い制止に遮られてそれも満足に言えなかった。
伸ばされ、手の平を見せていたカイルの手が人差し指を立ててセレストの口の前に移動している。
目は辺りを素早く窺っていた。
見たことも無い厳しい表情に、セレストは大人しく黙って待った。

「・・・・・・よし、誰もいないな」

緊張を解いたカイルは、セレスト再び手を差し出して臆面も無く言い放つ。

「今日は王子のお供をします。これって、稽古なんかより大事ですよねー」
「・・・・嘘をつくの?」
「嘘じゃないですよ。はい、手を出してー」

セレストが、規律や伝統をあっさり無視する人種を見たのはこれが初めてだった。
呆気に取られたまま、言われたとおりに手を出した。目の前の大きな手が言葉に合わせて閉じたり開いたりするので、そこに。

「両手?」

差し出された小さい手に、今度はカイルが驚いた。
こんな状況で手を出せと言われれば、普通は手を握るためだと思うだろう。なのに、セレストは小首を傾げて何がおかしいのかと問うている。
一般的なこの合図を、どうやらセレストは知らないらしい。
セレストに関する噂は話半分で聞いていたカイルだったが、紛れも無く真実だったようだ。

「あー・・・これは”手を握りましょー”って事でですね・・・・」

その後の数分間、廊下で俄かお勉強会が行われた。






カイルはテキトー主義だと思うので、ゲーム中のカイルになるまでかなり自分も周囲も頑張ったと思います。サボリ魔だったと思う。
王子は七歳にして無気力を会得したつまらない子供だったと思うなー。反応薄そう。