「嫌い」
今にも泣きそうに顔を歪め、ゲオルグの服の裾を力一杯握り締めたセレストの言葉に、カイルも泣きそうだった。
七歳の時に出会ったこの子供は、王子という立場にふさわしくない平凡で内向的な子供に見えた。
その理由を知り、ミアキスやリオンと接する姿を見て、そうでもないと思い直したのがいつだったか、カイルは覚えていない。
周囲に流される状況を耐えてしまえる力を持った、悲しくて強い、とても頭の良い優しい子供。
それが本当のセレストだ。
それが解った自分に満足し、好きな人たちと幸せそうに笑っているセレストを守ろうと決めた。
懐いて欲しいとは思ったが、別に王子と女王騎士以上にならなくても構わなかった。
それでは物足りなくなったのは、
「離せ」
「ゲオルグっ!」
頼られても頼らせないゲオルグがやってきてからだ。
どれほど親しくなろうと一線を越えさせないセレストが、居場所を探してあとをついて回っていると知ったときに興味が湧いた。
自分が知る限り、王子と一番親しい他人はミアキスで、その彼女でさえ名前を覚えてもらうのに二ヶ月日参したそうだから、
セレストのゲオルグに対する執着は並々ならぬものがあると解る。
最初、あの王子が自分からべったりならば相当な人格者なのだろうと思った。
加えて自分を引き立ててくれたフェリドが、助力を求めたほどの能力者。
何となく気安い人物を思い浮かべていたので、初対面ではかなり驚いた。
笑わないこともないし腕も立つ、頼りになる人物なのは確かだが………子供は嫌いそうに見えたのだ。
必死でついてくる子供のために歩調を落としたりはしないし、話し掛けられても『ああ』とか『そうだな』以外の返事をカイルは聞いたことがな
い。
それなら自分にだって仲良くなれるだろうと、カイルは頑張ってみた。
可愛い子供には、誰だって好かれたい。
だが、三年経っても打ち解ける気配ゼロ。
ここまでくると、意地も入って後には引けない。
女性を相手にするより熱心に、カイルはセレストに接した。
手を変え品を変え、笑顔は変えずに。日々怠らない努力のお陰で、前にも増して女性からの評判は良くなった。
にも関わらず、ゲオルグどころかミアキス程も王子には懐いてもらえない。
それどころか最近は避けられていて、久方振りに捕まえたと思ったら嫌い宣言をされてしまった。
撃沈である。生まれてから今日まで、こんなに酷く振られたことはない。
「かい……大嫌い」
呼びかけても去っていくゲオルグを追いかける前に、もう一発お見舞いされる。
癒し系だと思っていた王子からの、手痛過ぎる一撃だった。
「あの…カイル様」
「あ?…あぁ、リオンちゃんか。珍しいね、どしたのー?」
数日後、表面上は何事も無かったかのように過ごしているカイルの元にリオンがやってきた。
何やら訳有りのこの少女が、王子の側を離れるのはとても珍しい。
カイルは膝を折り、リオンと目線を合わせた。
ここに来たばかりの時のように怯えた顔をしている。
しかし、その時とは違いカイルを真っ直ぐ見返して言った。
「あの、王子を……王子を嫌いにならないで下さい!」
「え?」
予期せぬ言葉に詰まり、返事をしそこねたカイルにリオンは必死で言い募る。
「王子はとっても優しい方なんです!でも自分は王子だからって、カイル様は凄く強いから近づいちゃ駄目だって………」
「それ…王子が言ったの?オレが強いと、何で近づいちゃいけないの?」
嫌われている理由は、思いもしない理由なのかも知れない。
浮かんだ涙を拭ってやるのも忘れて、カイルはリオンの肩を掴んだ。
「女王騎士になったとき困るから…強いのに、騎士なれないなんて嫌だからって……嬉しかったからって」
「……嬉しい?」
身を寄せてくるリオンを抱きしめると、少女は静かに涙を零した。
「ミアキス様とゲオルグ様は女王騎士で、二人とも家族と繋がりがあるから大丈夫だけど……カイル様は、簡単に辞めさせられちゃうから駄目
だって」
「うん。そっか……」
ミアキスが王子と打ち解けたのは、姫様の護衛になってからだと言っていた。
女王騎士長がゲオルグを頼みにしているのは誰でも知っている。
親しくなろうと思った途端に距離を置かれたのは、おそらくそいういう事だったのだろう。
自分はまだ正式な女王騎士ではない。
「でも、手の繋ぎ方を教えて貰ったから……」
「…うん?」
「リオンにも教えてあげるって……嬉しかった!こんなの知らなかった!」
「……ちゃんと、覚えててくれたんだ」
嗚咽するリオンに肩を貸してやりながら、カイルも今まで感じたことの無い気持ちを持て余していた。
情けなくて嬉しくて、悲しいのと愛おしいのがごちゃ混ぜだ。
たった十の子供にこれだけ心を動かされるなんて、後にも先にも今日だけ、王子だけだろう。
「嫌いにならないで……」
「うん、ならないよ。なれない…」
昨日、王子は泣きそうな顔で言ったのだ。なれるわけがなかった。
「こんなに泣いたの初めてです…」
「それじゃ責任取って貰わなきゃねー。オレも結構傷ついたからなぁ」
泣き止んで照れ笑いをするリオンに、立ち上がり手を伸ばす。リオンは笑ってその手を握った。
「手始めに名前を覚えてもらおーっと。解り易く…カイルの“カ”は格好良いの“カ”とか………よし、いい感じ。これだ!」
「カイル様、カイル様……」
ぶつくさと呟くカイルは、途端にリオンを抱えて走り出した。
王子から教えて頂いたんですよ。
カイル様の名前。
まとまってません。ゴメンなさい。今度、オレ設定の年表作りたいです。
うちのカイルは鼻っ柱へし折ってやりたい今時の若者ってやつですから、正騎士になるより見習いでいたいな〜とか思ってます。
王子にしてみれば、簡単に貴族にぺしゃんこにされちゃうよってなもんです。
カイルは十歳児の懐の広さを知って、惚れちゃうがいいさ。これから本気出して、あっというまに正騎士になるがいい。
自分にふれあいを教えてくれた王子と、王子に教えてくれたカイルを仲違いさせたくないリオンに最終兵器涙を出してもらいました〜。
この三人は愛情に飢えてる繋がりだと勝手に決めてます。
好きってだけじゃ王子は懐けないのよっていうのが今回のお話。
ゲオルグは子供嫌いじゃなくて単に苦手なんだよ(笑)