ブラブラと本拠地の
中を歩いていたカイルは、船着場の方から歩いてくる愛しい人を発見して駆け寄ろうとした。竿と桶を持っているところを見ると、歳の割りに渋い趣味の釣りを
楽しんでいたのだろう。
本日最初の接触である。大抵誰かに捕まっているか話しかけられているか勝負を挑まれている彼の人と二人きりになれるこのチャンス、逃してなるもの
か・・・・カイルは身近で遠い幸運をゲットすべく周囲の気配を探る。
人数が増えるにつれて自然と施行された王子独占禁止法。
誰もが破るためにあると信じて疑わない。
砂糖と塩が入れ替わった女性陣の手料理、暗殺、無いこと九割で構成された噂話、毒殺・・・危険は大きいのから小さいのまで各種取り揃えられているが、王子
の『何ですか?カイル殿』(微笑付)の前にはどれも些細なことだ。
さぁ、今日も元気なご挨拶!
自分に気がついて、竿を持った手を軽く上げながら微笑む王子にぶんぶんと手を振るカイルの頭には、呼称不明の花が咲いている。
「王子ぃ〜・・・・・と、ゲオルグ殿ぉ?」
しかし、生まれたばかりのその花は言葉の前半から後半の間に早くも少し萎れた。
王子独占禁止法が最も恐れる重要参考人ゲオルグ・プライム。
カイルが受ける様々な危険を、仕返しが怖そうだという想像だけで回避しているゲオルグ・プライム。
誰も表にしたくないから作られない、王子御寵愛番付の二位(首位は妹だ)かもしれないゲオルグ・プライム。
彼が王子の後ろからやって来たからだった。
「こんにちは、カイル殿。たくさん釣れましたよ」
「ほんとですねー。今度はオレも誘って下さいねー?」
「・・・さっきもそう言ってくれる奴がいたな。何も俺が付き合うことは無いんじゃないのか?」
カイルの力強いお願いに王子が頷いた時、ゲオルグは要注意発言をした。
「ここに居る時くらい、僕の相手をしてくれたっていいでしょう?」
「稽古の相手をしてやっているだろうが。釣りはランたちに付き合ってもらえ」
「僕はゲオルグと釣りがしたい」
「今回限りだ」
「じゃあ今度は・・・」
これこそ、皆がゲオルグを恐れる理由である。
王子は、ゲオルグといるときに『王子』ではなくなる。無理を言う。我儘を言う。
彼は、王子に慕われているのだ。
王子『を』好きか、王子『が』好きか・・・・たった一文字で、王子との関係はかなり違ってくる。
普通なら勝負にならない。
王子に好意を持たれて、同じ気持ちを返さない人はいないからだ。
晴れて二人は両思い。ハッピーエンド、はい終了。
ヤローも淑女も自棄酒で急性アルコール中毒。
それで一件落着だ。
それが未だに収束の気配を見せないのは、ゲオルグがこんな態度だからなのである。
王子に同じ気持ちを返さない、奇特すぎて変人疑惑を抱かれている彼の態度、その一点において酒場の仕入量は保たれているのだ。
それを破るのは自分でありたい。
カイルを含む、多くの人間がそう思っている。
「王子、ゲオルグ殿も戻ってきたばかりでお疲れなんですよー。休ませてあげなきゃ。釣りでも何でもオレがお付き合いしますから、ね?」
「そうしてもらえ」
「・・・・・・・」
思いやりで包んだ追っ払い作戦で、まずは今日の勝利から掴みたいカイルだった。
まだ粘る王子に、悲しい顔を作って追い討ちをかける。
「オレじゃ駄目ですかー?」
「そっ、そんなことありません!カイル殿と一緒に居るのはとても楽しいですよ!!」
人を悲しませるのを嫌う王子は、慌ててカイルを見上げて言った。
ゲオルグは『ゲオルグ』でカイルは『カイル殿』なのがまた悔しいが、ここまで来れば今日は王子ゲット間違いなし。
笑顔にならないように自分を戒め、王子の言葉を信じていないかのように問うた。
「ほんとにぃー?」
「本当です・・・・あの、僕と図書室に行ってもらえますか?」
「はい、喜んでお供しまーす」
自分の言葉を信じてもらうのに一生懸命な王子は文句無しの可愛さで、カイルの顔はゆるゆるだ。
「ならば、俺は御役御免だな?」
「あ、うん。・・・無理やりつき合わせて御免なさい、ゲオルグ」
そう言って立ち去ろうとするゲオルグに、王子は頭を下げた。
と、
「・・・・夕飯は呼びに来い」
その頭にゲオルグが手を乗せ軽く叩きながらそう言うではないか。
そのまま去っていくゲオルグに、カイルは硬直し王子は大声で答える。
「うん!絶対行くから!!」
王子は満面の笑みだった。
王子や軍主として人に向ける綺麗な笑顔ではない。
高ぶった気持ちを落ち着かせる優しい微笑みでもない。
十五歳に相応しい、嬉しくてたまらないといった顔だった。
「・・・ゲオルグ殿がとっても好きなんですねー」
カイルは王子の笑顔を見ながら呟いた。そうそう見られない表情だ。つまり特別。
しかし、案外簡単に引き出せるものなのかもしれない。
「はい。大好きです」
ゲオルグの話題を振ってやれば、簡単にこの顔をしてくれるのかもしれない。
でも、それは何か嫌だ。
カイルは王子の頭を撫でた。
「オレも大好きなんですよー」
「とても強いのに驕らない人ですよね。僕の目標です」
「そうですね。オレ、本当に好きです。可愛いし」
「可愛い?・・・・可愛い、ですか?」
カイルの言葉に、王子は困った顔をした。
これも最近では見られない、子供の頃の王子がよくしていた顔だった。
その顔を見てカイルは言う。
「ええ、とっても」
王子の気を引きたいのなら危険人物の話題が一番って話。
うちはゲオ王じゃないですよ。兄貴分と弟分って感じです。家族愛ともちょっと違う。でも周りにしてみれば焦るよね。