逃げられた。

その事実を脳が理解するまでに深呼吸の"吸"が完了。
響け声帯。

「何で逃げるんですかぁー!?」

悲しみ色が濃い感じだ。
背後にいるミアキスの笑い声で、効果倍増。





「何かしちゃったでしょ〜?」
「………何もしてないですよ」
多分。
カイルはそっと心の中で付け足した。
「でも逃げられたじゃないですか」
そう言われればぐぅの音も出ない。いや、出るかもしれない。
詰所の卓に顎を乗せ、両手を前に突き出す。このだらけきった姿を先輩騎士たちに見られたら小言は免れない。だが、取り繕う気力が足りない。
三日前から燃料の補給ができないのだ。三日でこの状態なら、十日のうちにカイルは炎天下の生物と化すだろう。
蠅とかの微小飛行生物の集会場所になれる。異臭騒ぎが起こる可能性も大だ。
「あー、触りたい」
卓の上に投げ出された両手が開閉運動をしている。
「それだけ聞くと、とってもイヤラシイですよぉ?へんたーい」
「じゃあ抱きしめたい。撫でたい。摘みたいー!何で逃げるんですかー!!王子のどケチーっ!」
カイルが禁断症状により手足をバタバタさせるほど欲している燃料とは、王子のことである。
見習いから正騎士になった途端、この補給が始まった。
早い話が抱きしめ癖。
抱っこができるうちは抱えて歩くか、隙あらば肩車をして走り、見つかって説教をされた。肩車で走るのは、フェリド以外の人には割と不評だった。

止めなかったが。

それが無理になるくらい王子が大きくなると、抱きついたり頭を撫でたり服の裾を摘んで引っ張ったりと、王女並の行動力。
女好きの称号の他に、”王子好き”とか”でかい犬”とか言われるようになった。
王子が嫌だと言えば控えてみる気にもなる。
だが、幸いな事に王子は長男気質。あの妹を許容できる器の持ち主。

不敬罪じゃないよ、今のファレナは好景気だよ。

そんなカイルを笑顔一つで受け止めてみせた。
男である。まごうことなき漢だ。
だが、羽ばたきたい餅を受け止めてくれたのは三日前まで。
どんな心境の変化か、王子はカイルが駆け出すのと同時に駆け出した。

カイルと同じ方向へ。

あれー?それだと距離が縮まらなーい。

カイルがそう思っているうちに、縮まらないどころか見えなくなった。
以来、その繰り返しだ。
十二の子供に追いつけないのは情けないかもしれないが、裏道、抜け道、道無き道を知り尽くした子供に勝てる大人なんかいない。
意味も解らず力も得られずのカイルは、ついにキレた。
立ち上がり、自分を観察していたミアキスに宣言する。

「忍び込みます」

いつになく緊迫した空気を放ちながらも、言ってることは仕様もない。
「忍び込みますって……中に入れてもらえなかったらどうするんですかぁ?」
ここは内鍵完備だ。窓からにしたって、硝子を割れば騒ぎになる。
しかし、カイルは自信満々。解決策があるらしい。
「甘いなぁ〜、ミアキス殿。そんなの楽勝」
「それ教えて下さい。警備に穴が有るって事じゃないですか。危ないです」
態度一転、ミアキスは女王騎士の顔で問い質した。
しかしカイルは首を振る。
「この方法、オレにしかできないから安心ですよ」
「どんな方法ですか」
不可は試してみなければ解らない。騎士長に急いで進言しなければ…。
カイルの言葉を待った。
「誠意を持ってお願いします!王子ー、入れてくださーいってはうっ!」
「真面目に聞いてた私がぁ、まるっきりお馬鹿さんじゃないですかぁ〜」
爪先・ミーツ・臑、カイルは倒れた。
ミアキスは清々しい笑顔で獲物を振りかざす。
「え〜い、息の根止めてくれるぅ〜」
「御免なさいっ!マジ御免なさい!!」
どこまでも本気のミアキスから逃れるカイルは、さながら”チャバネ何とか”と呼ばれるヤツだった。











「カイル様、最近ますます元気がありませんけど大丈夫なんでしょうか?」
リオンからお茶を受け取り、リムにキャッチ・アンド・リリースしながら王子は言った。
「ミアキス殿が、机仕事が終わりそうにないからだろうって」
「確かに苦手そうですよね」
「一緒に城下に行ければいいんだけどね……」
自分の膝の上に座るリムを見れば、すかさず返答される。
「ならぬ!」
「うん。解っているよ。カイル殿を休ませてあげないとね」
ミアキスが言っていたのだ、最近のカイルには休息が必要である。王子に心配をかけまいと脳天気を装っているが、実はくたくた。王子に会えば休んだりしない だろうから、少しの間離れていて欲しい。
風邪を引いたときの妹がそんな感じだから、王子は快く了承した。
混じりっけ無しの思いやりである。
「早く片づくといいですね」
「そうだね」
笑いあう二人を見ながら、リムは首を傾げた。
自分が言われたことと違う。

姫様を差し置いて、ちょっと王子にくっつき過ぎですよねぇ。

自分の護衛はこう言った。

取り戻しましょうか?

どうも食い違いがあるようだが、結果的に自分は兄の膝の上にいる。

・・・・・・・・問題は何も無い。

納得し、お茶を一口飲んだ。






ミアキスがいじめっ子にしか見えないんですよ・・・・。兄と妹は愛してるからやっさしーからかいで済ませてるけど、他には容赦しない気がして仕方が無いん ですよ。
親しくて遠慮しなくてもいいのって、太陽宮ではカイルしかないじゃんさ!!
こっえー・・・・。
水色はミアキスの色!
最初は真っ赤だけど、そのうち茶色になるのもミアキスの色!!